こんばんは!東京シンママ日記のミトちゃんです。
昨日3月30日(金)、息子の保育園生活が幕を下ろしました。
離婚を経験し、そんな中でも頑張って通った私達親子の保育園生活を振り返ってみたいと思います。
1歳半 家庭的保育事業に入所
保育園デビューはいわゆる保育ママさんのいる家庭的保育事業に入所しました。
5人の乳幼児に対して先生が常時3~4人いるという超素敵な環境に恵まれて、楽しく過保護にすごしていました。人数が少ないのであんまり病気をもらってくる事もなく、元気に登園していたと思います。
家庭的保育は給食がなくお弁当だったので、毎日小さなお弁当作りが大変でした。
個人の保育ママさんではなく、認可保育園が一体になっているところだったので、保育園の行事やリトミックも参加させてもらいました。
2歳の誕生日過ぎまで言葉は「あ」と指さしだけで会話していました。なかなか話さなくて心配しました。
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2歳クラスの年度途中で認可保育園にやっと入園!
家庭的保育事業を運営していた認可保育園に年度の途中で欠員が出たと、やっと行ける事になり、いきなり18人もいる環境にビビる私。ママ友とか…できんの?とあせりました。
認可保育園に変わり、早く行けるようになったので朝の送迎は元夫が担当していました。
息子の方は家庭的時代にも毎週一緒に遊ばせてもらっていたおかげか?初日から泣く事もなくすんなりなじんでいました。
3歳クラス(年少)ではクラス役員をしました
私はクラスに馴染むためにクラス役員に立候補し、ここで一緒に役員をしてくれたママさんとは今でもとっても仲良くさせてもらい、やって良かったと思っています。そのママも含めて周りが出産ラッシュで超羨ましかったです。。。
息子はのびのびと何の疑問も持たずに過ごした最後の年になります。。。(悲しい言い方過ぎて、本当に申し訳ない気持ちになりました。。)
男の先生が担任だった事もあり、逆上がりや体操が得意になりました。スイミングを再開したのもこの年だったと思います。(育休中はベビースイミングに通っていました。)
保育園のお友達の影響で、新幹線大好きだったマニアックな小鉄からウルトラマン好きにチェンジ。ウルトラマンの事も元々のおタク気質から色々な情報を吸収してマニアックなウルトラマンボーイに成長しました。ここから最近までは写真で何かしらのウルトラマンのポーズを取っていますw
年度末、お引越しして離れるウルトラ仲間のお友達に「離れてもおれ達は仲間だから(キリッ)」というイケメンな発言をしてママ達を惚れさせていました。
4歳クラス(年中)で別居&離婚
年中に上がった春、元夫・元娘と私とので亀裂が生じて別居、その年末に離婚届を提出しました。
激動の1年。
まだ幼い息子が悲しくて泣くという、させてはいけない経験をさせてしまいました。
パパに会いたいと泣いて泣いて、それでも戻りたくないと離婚を選んだ私。息子本当にごめん。ごめん。ママが弱くてごめん。
最初の1ヶ月は実家から電車とバスを乗り継いで1時間以上かけて保育園に通い、私も息子も心身ともにボロボロでした。
別居では保育園から歩いてすぐのアパートを借りました。引越し当日、保育園のお迎えの時に年下のママ友の前で大泣きした私…。布団を用意し忘れたと言ったらすぐに車で貸してくれました。優しさに助けられました。
分譲マンションからいきなり1LDKのアパートで、息子はビックリしながらも自分のオモチャが全部あったとほっとしていました。
私は心から安心して自分らしく過ごせる場所で、元夫に怯える事もなく、元娘に遠慮せずに初めて息子のお話を聞いてあげて、ぎゅっと抱きしめてあげて、今までの私は何してたんだろうと目の前の息子を見ながら思いました。
遠慮なんかして自分を見失ってたから全部だめにしちゃったのかもしれません。
今でもあのまま一緒に住んでいたら・・・私が壊れていたなと思います。我慢の限界でした。そのせいで、息子に辛い思いをさせて心から申し訳ないと今も思っています。
面会するようになってからは、息子に笑顔が戻り、不安ながらも元気にお友達と過ごしてくれました。でも先生の言う事は聞かない事が多く、すごく困らせていました。
また、元々家庭的保育事業から一緒で仲の良かったNちゃん一家は同時期にシンママになり今も助け合う親友です。
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5歳クラス(年長)で横浜市に引越し、越境登園開始
夏に横浜市の実家近くの3DKのマンションに引越す事に決めて、9月末にお引越し。
東京の保育園を離れたくないという息子の意向を受けて、方々お願いして横浜から越境登園開始しました。車を買って往復約3時間の登園・通勤でした。
なんとか無事故で終えてホッとしています。
夏にお泊り保育で熱中症で熱がでてしまいお泊りできないということがありました。
でも他を思い出しても普通の感染症くらいしかもらわずに、生まれてから一度も入院したり大けがもすることなく、健康に過ごしてくれたと思っています。
LaQというブロックに夢中になって、何でも上手に作っていて関心していました。
クリスマスにサンタさんからニンテンドー2DSLLとポケットモンスターサンアンドムーンをプレゼントでもらったら、ウルトラマン1:ポケモン9くらい頭の中がチェンジしてしまいました。保育園の先生(25)がポケモン世代で、保育園の先生と毎日マニアックなポケモントークを繰り広げていました。
1~2歳でお世話になった家庭的保育事業にも、同じ保育園にいる家庭的出身の子を集めて、最後に挨拶に行きました。
登園最後の今日、保育園の先生が「自分の気持ちはちゃんと言葉で相手に伝えようね」と息子に言葉をかけてくれました。息子はいまだそれがうまくできない時があります。私もそれをしっかりと息子ができるようにと、忘れられない言葉でした。
最後に
離婚を経験して精神的に不安定な事が多かった息子。元々繊細なので、保育園の先生には本当に迷惑をかけてしまいました。越境までして通わせたのは本当に子どもたちに寄り添って見てくれる保育園だったから。息子も親友と呼び合うお友達もいて、保育園が大好きだったからです。
なんとか通い終える事ができて、心からほっとしています。
保育園の先生には私に対しても色んな助言をくださり、本当に感謝しています。
息子、こんなママでごめんね。
ママと一緒にいてくれて笑顔をくれてありがとう。
小学校でも、私達らしくいられるように、楽しくすごそうね。
